宗風刷新への進言  細井琢道住職(日達上人の御子息)
 東京都足立区の実修寺・細井琢道住職が、日顕に「奏上」した「宗風刷新への進言」と題する諫状を日蓮正宗の全国末寺に送り、所信を表明したものである。
 同諫状は末尾を、「潔く猊座を退かれ、後進に道を譲られることを願って止みません」と結んでいる。細井住職が僧としての立場を賭けて諫状を日顕に突きつけたことが、この結語にもにじみでている。
 日蓮正宗の前途を憂い、広宣流布に向けての熱誠の故に、やむにやまれぬ気持ちから、今回の諫状「奏上」に至ったものと思われる。なお、細井琢道住職は総本山第六十六世日達上人の御子息である。

 以下、「宗風刷新への進言」全文を紹介する。




 前略
             私儀
 このたび考えるところがあり、以下の一文を御法主上人猊下に奏上させていただきました。御尊能化、御尊師におかれましては、御一読いただき、宗風刷新への私の期するところを御理解いただきたいと存じます。
草々

  平成四年十月十八日
  実修寺住職 細井琢道 印



        宗風刷新への進言

 私は、現今の宗内が実に憂うべき混乱の状態にあり、先師日達上人の残された広宣流布への迸る大流が、行き先不明のまま滞留しているかの如き状況を呈していることに対し、先師の弟子の一分として、痛恨の思いを禁じ得ません。
 また御開山以来の当門の伝統たるべき談論風発の気風は、今全く影をひそめ、諦め・愚痴・保身に流される宗内僧侶の閉塞した精神状態は、実に恥ずべき風潮となって宗内に蔓延しております。
 こうした宗内の現状を生んだ責任は、なによりもまず、猊下ご自身にあると、私は思います。猊下の、猊座の権威をもって全てを律しようとする姿勢が、宗内僧侶の情熱と活気を奪い、かえって猊座を穢す結果となっている事実を真摯に見つめるべきであります。
 先師と猊下の関係を熟知し、また長年御奉公させていただいた者の一人として、これほど無念の思いはありません。私自身の反省・懺悔の念を含め、身を捨ててでも、こうした宗内の現状に一石を投じ、宗内改革に立ち上がることを決意いたしました。
 以下、私の感ずる所を何点か、申し述べさせていただきます。

 まず第一に、猊下は「善導」という事をどのように考えておられるのか、という点についてであります。
 近年の創価学会問題について言うならば、猊下は創価学会及び池田大作名誉会長の「善導」にどれ程の努力をされたというのでしょうか。大聖人の御遺命の広宣流布を考える時、学会及び池田名誉会長の存在は何にも増して最重要であったはずであります。
 猊下ご自身が「その一大実証は、近年、正法の日本ないし世界広布の礎を開かれた、創価学会における初代、二代、三代等の会長の方々における信心の血脈の伝承であります。その指導による広布の大前進において、有智も無智も男女を嫌わず、妙法の実践をもって真の勝妙の境を得、仏国土の建設と、世界平和に貢献する活動の実証において、深くその意義と功徳が顕れております」(昭和六十二年 霊宝虫払大法会)と述べられているとおりであります。
 もし、学会及び池田名誉会長の信心の姿勢や広宣流布のあり方に意見があるのであれば、猊下は、その「善導」に最後の最後まで努力されるのが当然のことであります。しかし、私の知る限り、それは無かったと言わざるを得ません。
 昭和五十四年に、そのような事態の解決のために設置された「最高教導会議」ですら、猊下の代になってから一回も開催されておりません。猊下・宗門にその気さえあれば、いくらでも学会を善導する機会があったはずであります。少なくとも胸襟を開いて「協議」すべきでありました。ましてや池田名誉会長を総講頭に再任命されたのは、猊下ご自身であります。
 また先日の教師講習会の折、「昔、学会が悪いんだと立ち上がった人がいた。その人たちに改めてここで敬意を表し、尊く思うものであります」とのお言葉がありましたが、当時、猊下並びに現執行部の方々は、一体何をされていたのか。
 その反省も全くなく、このような発言を平然とされていることに対して、怒りを通り越し、呆れにも似た感情を抱いたのは決して私一人ではないと思います。

 次に、その関連で、いわゆる「C作戦」なるものについて申し述べさせていただきます。
 開創七百年を慶祝して創価学会が、二百ケ寺の建立御供養を進め、正本堂の補修整備や総坊の新築寄進を行ってきたことは周知の事実であります。その記念行事が四月より奉修されていた最中の平成二年の七月、宗内の一部僧侶が猊下のもとに集まり、「C作戦」に関する会議が何回か持たれたという風評は、私の耳にも届いております。これが事実であるかどうかについて宗内に明快な説明をすべきであると私は思います。
 もし事実であるならば、創価学会のみならず宗内僧侶に対しても全くの裏切り行為であります。
 こうした事実をおくびにも出さず、創価学会の全面的な協力のもとに一連の記念行事を平然と行い、創価学会からの御供養を受けていたとするならば、僧侶にあるまじき詐欺行為ではないでしょうか。
 また、これほどの大事を一部僧侶だけで勝手に議論し、宗内に対しては全く別の説明をしたというのであれば、私達に対するこれほどの背信行為はありません。
 私は、平成二年の十二月二十七日に開催された臨時宗会に当時の宗会議員の一員として出席いたしましたが、その時の説明は宗規変更に伴う経過措置として、総講頭・大講頭の任を解くというものでありました。
 しかし、その後、この措置が池田名誉会長に対する懲罰的意味を持っていたことが明確になりました。私は、正面対決を避けたこうした姑息な手段に反発を覚えるとともに、池田名誉会長にたとえ何らかの問題があったにせよ、宗門側にも反省すべき点がいっぱいあったにもかかわらず、一方的に事実上の処分をとったことについて今でも疑問に思っております。
 ましてや、「C作戦」なるものの存在が事実であったとしたならば、何をか言わんやであります。
 これに関連して「宗会」の現状について一言述べさせていただきます。
 今日の宗会の形骸化は、実に憂うべき状態であります。議題が事前に示されることもほとんどなく、平成二年十二月の臨時宗会にみられる如く、その日突然議案を示され、よく分からないうちに執行部の案どおりに決定されてしまうのが現状です。全くの御用宗会に成り下がっており、宗会の権威は地に落ちております。
 猊下の、猊座の権威をもって一切を律しようとする姿勢と、猊座の権威におもねた一部僧侶による「側近政治」が、宗内の活気を奪い、陰鬱たる宗風を生み出しているのであり、その象徴が現在の宗会であると思えてなりません。

 次に、宗風刷新のもう一つの側面について申し上げます。
 言うまでもなく、それは私達僧侶の生活態度についての問題であります。創価学会の指摘を待つまでもなく、近年の私達僧侶の奢侈に流された生活態度は、本宗僧侶の在るべき姿を大きく逸脱していたことを、私達は、真摯に認め、反省するべきであります。
 先師日達上人の時代には、創価学会の御供養によって豊かにはなったけれど、それなりに僧侶の分を弁えた慎ましやかさがありました。
 先師は「我々が僧侶と云う立場にある以上、世間の人々に先んじて遊楽に耽けることは少々つつしまなければならない。古い言葉に『人に先んじて憂い、人に遅れて楽しむ』という意味のことがあるがその辺が我々に取って丁度よいのではなかろうか」(『蓮華』創刊 序文)と述べられております。
 そして先師もこのことについては折あるごとに注意もされ、自らも範を示すべく実践されておりました。
 猊下の代になってこの宗風は一変いたしました。先頭をきって奢侈を求める猊下の生活姿勢は、またたくまに宗内に広がり、まさに「上一人より下万民に至るまで」奢侈を求める風潮が宗内に定着してしまいました。
 私達僧侶は大反省すべきであります。そして、文字通り「祖道の回復」に向けて、宗内の総力をあげて取り組まねばなりません。その先頭に立つべき人は、猊下ご自身であります。
 学会でいうところの「シアトル事件」についても、私は、猊下に言われているような買春行為があったかどうかについて、もとより知る立場にありませんが、猊下は帰国後、シアトルで夜外出し、酒を飲み、道に迷ったところを、現地の婦人部の人に助けられたと、他言されていたではありませんか。
 それにもかかわらず、猊下は「ホテルから一歩も出なかった」と強弁され、クロウ夫人を気違いよばわりされました。
 事実は事実として認められた上で、事実とは違っているところがあると、率直に対応されておられれば、私自身何の疑問も持たなかったと思います。猊下のこのような対応に、かえって私の胸の中に疑念が広がるのを禁じ得ません。実に残念でなりません。

 最後に、日達上人は、学会の広宣流布に果たす役割は十分に評価されており、その上で教義の逸脱や活動の在り方について学会を御指南されていたと私は理解しております。
 言うことを聞かなければ切るという発想は持っておられなかったと思います。私もまた、本来、学会のあるべき姿について種々意見はありますが、学会を切り離して広宣流布の未来は考えられないと思います。
 同じ戒壇の御本尊を信じる者同士が理解しあえない訳がないというのが私の信念です。今日のような事態にあってもなお、御法主上人猊下の御書写あそばされた御本尊に日々勤行・唱題に励む学会員の信心・心情を私達はどう理解すべきなのでしょうか。
 それでもなお、最終的に学会を切ってしまうというのであれば、学会が言うように学会から寄進されたものは返すのが、宗門としての筋であり、けじめではないでしょうか。
 猊下、今や猊下は「裸の王様」です。そのことに猊下はいつになったら気がつかれるのでしょうか。
 猊下の耳には、末寺で苦労している住職達の真実の声は何も入っていないのです。猊下が御機嫌取りの耳当たりの良い報告にばかり接しているうちに、宗内の人心は猊下から全く離れています。猊下の性格を知るゆえに、猊下の側近も、また多くの宗内の者も、何も言わず、また言えないだけのことなのです。
 猊下が諸行事で得々と御指南をされ、皆が心の中で白けながら上辺のみ調子を合わせている様子を見るにつけ、私は、あの寓話の「裸の王様」が街の中を得意然と行列して歩いている姿を思い浮かべてしまうのです。
 今、私が敢えてこのような進言をさせていただいたのは、決して他意はありません。ただ、一小僧の真実の叫びこそ、現在の宗門に最も必要なものと確信するがゆえであります。

 色々と申し上げましたが、今日の宗門の混乱と停滞の原因は帰するところ猊下にあると私は思います。これ以上猊座を穢されるお姿は見るにしのびない思いであります。
 潔く猊座を退かれ、後進に道を譲られることを願って止みません。

 平成四年十月十八日
実修寺住職 細井琢道 印
日蓮正宗総本山第六十七世
御法主日顕上人猊下
  • 法介
  • URL
  • 2016/10/09 (Sun) 10:42:56
 

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