血脈相承
日蓮正宗 専光山慈本寺さんの「唯授一人の 血脈相承」について

 http://www.jihonji.net/ketsumyakuhitei.html 

【立正観抄】

『当世の学者は血脈相承を習ひ失ふ故に之を知らず。相構へ相構へて秘すべく秘すべき法門なり』

ここでいう「血脈相承」は

「原文」
然而当世の天台宗の学者は天台の石塔の血脈を秘し失う 故に天台の血脈相承の秘法を習い失いて
我と一心三観の血脈とて我意に任せて書を造り錦の袋に入れて頚に懸け
箱の底に埋めて高直に売る故に邪義国中に流布して天台の仏法破失するなり

[現代語訳]
 しかし、現在の天台宗の学者は秘事の天台の石塔の血脈を忘失しているゆえに、
 天台大師の血脈相承の秘法を忘れ、自分から「一心三観血脈」といって、我が意に任せて書を造り、
 それを錦の袋に入れて頚に懸け、箱の底に埋めて高直で売っているのである。このために、
 邪義が国中に流布して天台の仏法を破失したのである。

これは天台の血脈相承の話である。




【一代聖教大意】

『此の経は相伝に有らざれば知り難し』

「原文」
 問う諸経の如きは或は菩薩の為或は人天の 為或は声聞・縁覚の為機に随つて法門もかわり益もかわる此の経は
何なる人の為ぞや、答う此の経は相伝に有らざれば知り難し所詮悪人.善人・有智.無智・有戒・無戒.男子・女子.四
趣・八部総じて十界の衆生の為なり、所謂悪人は提婆達多・妙荘厳王・阿闍世王善人は韋提希等の人天の人・有智は
舎利弗・無智は須利槃特・有戒は声聞.菩薩・無戒は竜・畜なり女人は竜女なり、総じて十界の衆生.円の一法を覚る
なり此の事を知らざる学者・法華経は我等凡夫の為には有らずと申す仏意恐れ有り

 [現代語訳]
  問う。爾前の諸経の類は、あるいは菩薩のため、あるいは人・天のため、あるいは声聞・縁覚のため、
 機根にしたがって法門も変わり利益も変わる。この法華経はどのような人のために説かれたのか。
 答う。この経は相伝でなければ知ることができない。
 所詮、悪人・善人・有智・無智・有戒・無戒・男子・女子・四悪趣・八部、総じて十界の衆生のためである。
 いわゆる悪人は提婆達多・妙荘厳王・阿闍世王、善人は韋提希等の人界・天界の人、有智は舎利弗、
 無智は須利槃特、有戒は声聞・菩薩、無戒は竜・畜生である。女人は竜女である。
 総じて十界の衆生は純円一実の法を悟るのである。
 このことを知らない学者が法華経は我ら凡夫のためではないといっているが、仏意に反して恐れるべきである。

「このことを知らない学者が」の文章が指している部分(相伝に有らざれば知り難し)の内容は、↑この事である。




【曽谷殿御返事】

『これには総別の二義あり。総別の二義少しも相そむけば、成仏思いもよらず、輪廻生死のもといたらん』

ここ↓でもこの御文を引いて次のような主張をされています。

 http://www.geocities.jp/kokoronoshikumi/ketsumyaku.html

 このご文にあります「これには総別の二義あり。・・・」の総別とは、「総付属」と「別付属」のことです。
 日蓮正宗の僧俗が、大聖人からの総付属の血脈を受けるには、
 別付属の血脈の流れる法主上人を大聖人のご代官としてそのお言葉のとおりに信心することが必要なのです。
 上のご文には、総別の意味に背くことがあれば、成仏もできない。とあります。


しかし、日蓮正宗の教学用語解説↓には、

 http://tidouji.la.coocan.jp/yougo/4/474a.html 

 「既に上行菩薩、釈迦如来より妙法の智水を受けて、末代悪世の枯槁ここうの衆生に流れかよはし給ふ。
 是れ智慧の義なり。釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給ふ。然るに日蓮又日本国にして此の法門を弘む。
 又是には総別そうべつの二義あり。総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず。
 輪廻りんね生死しょうじのもとゐたらん」

 の御文を次のように解説しております。

 ここでは、法華経の総別の付嘱の筋目から、付嘱の法と付嘱の人について御指南されています。
 総付嘱とは、正法・像法弘通の法華経、及び一切の教法の付嘱で、
 法華経の会座にあった一切の菩薩等に授けられました(嘱累品)。
 また別付嘱とは、末法に弘通すべき文底本因妙の結要付嘱で、
 ただ地涌の上首・上行菩薩に授けられたのです(神力品)。故に末法で法華経を受持信行する場合、
 別付嘱である上行所伝の妙法をさしおいて、文上熟脱の教法に執着するならば、
 総別の筋目から、決して仏道を成ずることはできないと仰せられているのです。


  • 法介
  • URL
  • 2016/12/04 (Sun) 12:46:48
 

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